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何か一つのことに夢中になったことはありますか?

野球、吹奏楽、チアダンス、将棋・・・。オンライン対戦ゲームに夢中になった人もいるでしょう。

夢中で追いかけるその夢を、海外で、英語やそのほかの国の言葉で実現するのは容易くありません。
しかし、今回紹介したいのは、【ワインに魅せられ夢中になった日本人】

「イタリアでもっとワインを知りたい!」
その想いだけを抱いて、言葉だってわからないイタリアへ行き、昼夜働き、寝る間を惜しみ、夢中になって勉強し、イタリア超難関国家資格である「ソムリエ」をイタリア語で取得。

今は、レストラン副総支配人兼ソムリエとして活躍しています。

ワインに魅せられたイタリアに住む異邦人

未来を変えたい人たちへ -先輩からのメッセージ

スイスからイタリアへ。40通の履歴書

「外国に行って英語で話してたらカッコいいって思うじゃないですか!」
ニコニコ笑いながら語るのは、1999年 国際ホテル学科ホテル科を卒業した、山下将士(やました まさし)さん 。本場イタリアのソムリエ資格(国家資格)を有し、イタリア ボルツァーノにある一流ホテルのレストランで副支配人として采配を振るっている。

山下さんは、本学卒業後、スイス研修生制度に選抜され、研修生としてスイスのホテル内レストランに勤務した。

スイスからイタリアへ。40通の履歴書

海外へ興味を持ったきっかけは、ホテルスクールにいる外国人講師。
「習った通りに話したら通じた。楽しい!」そこから。
しかし、そんな”英語ができるカッコイイ自分”は直ぐに脱ぎ捨ててしまった。
「スイスへ行って直ぐにわかりましたよ。英語はただのツールなんです。言葉はただの便利な道具」
言葉よりも、むしろ自分が日本人としてどういう考えを持っているかが重要。
・・・ツール。イタリア語、ドイツ語、英語を操る山下さん。一体何を言っているのだろうか。でもだからこそ重みがあるような気もする。

-どうしてスイス研修の後、日本へ戻らずイタリアへ渡ったのですか?
「日本へ帰るイメージが無かったんですよね。」と、当時を振り返る。

この後どうしようか。もっとワインを知りたい。
自分の求める未来は、このヨーロッパの地元に根付いた料理や文化の中にあると直感していたようだ。
しかし、若く経験の浅い日本人が現地で就職活動をするのは簡単ではなかった。

「英語で履歴書と自己PRを書いて、40通くらい送りまくりました。」
-40ですか!?
「はい。で、10通くらい返事がきましたよ。」

-簡単ではないでしょう?
「ホテルスクールでビジネス文書の書き方を習ったので、教わった通りに書きましたよ。返信用切手も同封しました」

興味があるレストランには必ず足を運び、サービスと料理を体験して、ここで働きたいかどうかを考えた。深い文化と人に根付いたサービスは、身をもって学ぶ。陸続きといえ、電車で何度もスイスからイタリアへ赴きレストランのドアを開けるのは強い興味と根気が必要だったはずだ。
そしてついに、ここだ!と思ったレストランに見習い扱いでの転職を果たした。

そこはロンバルディア州ブレッシア近郊のレストラン ミラモンティ・ラルトロ(Miramonti l’Altroミシュラン二つ星)。フランス人シェフが地元の食材を用いた料理を振る舞い、1000種類近くのワインリスト、そして居心地の良いサービスを提供するレストランだ。
-イタリア語でのサービスは直ぐに出来るようになったのですか?
「いいえ、全然。でもコツはあるんです!」と、少し楽しげに話し始める。「最初にお客様が入店してから退店するまでのストーリーを作っておくんですよ。」レストラン内で使う単語、聞かれそうな言葉、その順番や予想できるシチュエーションは全て頭に叩き込む。ドイツ語にはドイツ語で、イタリア語にはイタリア語で返したという。

イタリア語、イタリア文化、そしてソムリエ国家資格

元々の才能があったのではないだろうか?
とんでもない。勇気や才能だけではとてもまかなえない現実が待ち受けていた。
ヨーロッパという偉大な文化の中に飛び込んだアジア人。若く、イタリア語もおぼつかない。昼夜働いて、仕事が終わったら寝る間を惜しんでイタリア語の勉強をした。家賃で給与の殆どは無くなった。
「お金? 無いですよねえ。ジャガイモと小麦粉をこねてニョッキを作って食べていました。」
なんと雑草のようにたくましいことか!!

そして、やはり心の中心にあるのは、地元に根付いた本場のワインそして料理だった。
『ソムリエ』
次に、ワインの本場、イタリアで挑戦するのは国家資格であるソムリエだった。

ミラノのレストラン サドレル(Ristorante Sadler)に勤務地を移し、ソムリエを目指す。
現在は日本語でも取得できるようになったが、当時はイタリア語のみ。
イタリア21州の各ブドウ品種、ワインの特徴、製法、食材そして法律など、必要とされる知識は多岐に渡る。レベルⅠからレベルⅢまでの三段階の講義と各々の修了試験を突破しなければならない超難関国家資格だ。

ソムリエ国家資格2
ソムリエ国家資格3

ちなみに、イタリアでは飲食関連の専門家のみならず、一般の、例えば銀行員がソムリエの資格を有していたりするらしい。もちろん超難関の国家資格なので、日常的にワインのある生活とはいえ、簡単ではない。「あいつ銀行員なんだけどソムリエ持っているんだって!」「おお、すごいな!」というようなイメージ。つまり、ソムリエ資格を有することがステイタスを示すことになるのだ。

-試験は、例えばどんな問題なんですか?
「カラブリア州DOCワインを11個答えろ、とか、トスカーナのDOP食材を挙げてみろ、とかですかね。ワインと食材の組み合わせについてや、法律の問題なんかもあります。」
3段階ある筆記・口頭試問・実技の全てをクリアした。

「ソムリエとして働き始めると世界が変わりました。」と、当時を思い出して話してくれた。
同僚やゲストの自分を見る目が変わったという。それだけ大きな資格なのだ。
「緊張感もかなり強くなりました。」
ソムリエとして常に正確な情報を提供しなくてはならない。使命感みたいなものだと。

その後更に、アルト・アディジェ州メラーノのレストラン・カルミュンツ(Restaurant Kallmünz)で、メートルドテル兼ソムリエとして10年以上勤務した。 華麗なるステップアップ。ワインの本場イタリアで走り続けるアジア人ソムリエだ。

日本とイタリア。ベクトルの向きと自分のど真ん中

しかし、その後、一度日本へ帰国することを決めた。
都内のレストランに1年間務めた後、経営コンサルタントの事務所にて人事系システム関連の事業部に勤務した。
-どうしてレストラン以外の職種に勤務したんですか?
「新しい可能性を探る気持ちや、足りないものを埋めたい思いがあったんです。」

少しわかりにくい回答に戸惑っていると、はっきりした口調でこう続けてくれた。

「この会社に来るまでは他人に認められたいっていう気持ちが先行していたんです。でもそれってどうでもいいんだ、と気づいちゃったんです。」
そして、
「”ベクトル”の向きが違うんです」
と話してくれた。自分に向いたベクトルはどうでもいいのだ、と。
顧客から、スタッフから、その他の色々な人からどうみられようと、失敗も成功も怒られようと褒められようと、大したことじゃない。
チームで働くことの重要性を再認識し、その上で、”自分と顧客”という関係に貢献できる何かがないかと思ったのだという。

日本とイタリア1
日本とイタリア2

ヨーロッパ文化圏に住まう”ソムリエ山下”から、今度は故郷である日本の地を踏み、新しい業務を行う、新たなる山下になった。
その仕事をする中で「自分が、自分が」や、「やらなきゃ、やらなきゃ」という感覚から解き放たれたのだという。日本企業での勤務も楽しかったしそのまま日本に居てもよかった。

「でもここが自分の”ど真ん中”と感じなかったんですよ」
2018年、改めて、イタリアへ戻る決意をする。

ボルツァーノにある、レストラン ラウリン(Restaurant Laurin)。
国内外からの評価の高いパークホテル ラウリン(Parkhotel Laurin)内のレストランで、副総支配人兼ソムリエとして着任した。もちろん地元に密着したワインと料理に定評がある。

-イタリアに”帰ってきた”っていう思いだったのではないですか? と問うと
「いやいや、僕なんて異邦人なんですよ。イタリア人とは毎日バチバチですよ」
と大きく笑った。そして、バチバチしている割にとても優しい笑顔を見せてこう続けた
「今、私のベクトルはいつもお客様に向いているんですよ。」

自分のことは”どうでもいい”と言い放った本当の意味を知った気がした。
海外では常に評価され続ける。外国人の責任者となれば尚のこと評価の目は厳しくなる。故にベクトルは当然自分を向かざるを得ない。そこから来る苦しみや重責は、想像を超えるものがあるだろう。

しかし、今、山下さんの自分へ向けるベクトルはどうでもいいものになってしまったのだ。
それはまさに多くの経験、本物の実力の上に築き上げられた、本物のサービスパーソンとしてのプライドが生み出した「顧客へ向けたベクトル」ではなかろうか。

-休日は何をしているのですか?
-最近はのんびりする時間も増やしていますよ。そうですね、Youtube見たり、知り合いの畑にブドウの収穫の手伝いに行ったりしてます。あとはワイナリーを見に行ったり。 余暇の過ごし方で、Youtubeとブドウの収穫が同列とは!

比較的近い場所に、ドロミティ渓谷(ユネスコ世界遺産)、ミズリーナ湖があり、家族で過ごせる散歩コースなどもあるそうだ。
「イタリア人は家族と過ごす時間を何より大切にするので、早く家族をイタリアに呼ぶようにと言われますよ。」
日本かイタリアか、自分だけの問題ではない。今現在、山下さんはイタリアで、家族は日本に居る。

イタリアにどっぷりの異邦人。地元に根付いたワインと料理をこよなく愛し、正確な知識と技術で魅力を伝える日本人。

「ここにいる目的は日本の国益のため。大げさですが、南チロルに来る日本人のお客様が安心して観光できるように情報を提供したり、お食事や滞在を楽しんでいただけるように貢献することが重要だと考えています。日本人のお客様が充実した旅を過ごし、それが対価となって南チロルの経済に反映する。ここに微力ながら私の影響が少しでもあれば嬉しく思います!」

これも一つの大きなベクトルの向きだ。
山下さんの目はどこに向かっているのか、何を見ているのだろうか。

最後に。未来へのベクトル

若い方へ向けたメッセージをお願いした。しかし、以下は、どの年代の人にも読んでもらいたい。そんな内容のメッセージだ。

私が40年生きてきたかなかで、「環境」に恵まれていたんだとわかった瞬間は、滞在許可書を申請する警察署の門の前です。早朝から大量の人が並び、割り込んでくる人たちも多い中、彼らは家族のため生活のために死ぬ気になって許可証を申請に来ていました。そんな彼らと比べると、個人の勉強の為に列に並ぶ自分と温度差が感じられ心が折れそうになったことがあります。そんな思い出も今となっては懐かしく感じます。

しかしどのような状況にあっても常に3つのことを大切に行動してきました。
「人と会うこと」「読書をすること」「旅をすること」です。

これらは過去の自分にはなかった新しい発見や、未来の可能性を広げる最大の行動だと思います。
人と会って話をすることで「相互理解」が深まり、読書をすることで「想像力」が膨らみ、旅をすることで「俯瞰」することが体感できます。

未来へのベクトル1
未来へのベクトル2

20年経った今、「外国人」という立場から、「本当の優しさ」と「常にチェレンジし続けること」の大切さに気づきました。
組織(=仲間)のために何が必要なのか? その為に人とどう関わっていくのか?

キーワードは「ベクトル」です。

警察署に並んでいた彼らは家族など、人のためのベクトルを持っていました。
「人のために動く」このベクトルの先に未来へのヒントが隠れていると思います。
皆さんも、いずれ実感する時がきます! そんな思いを心の片隅に、どうかこれからの社会人生活をエンジョイしてください!

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